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パンソリを熱唱する在日三世
2011.10.04 (火) 高正子 contributor@jejujapan.com

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* 済州島出身、あるいはその後裔の人たちへのインタビュー


   
▲ 佳境に入って笑みがこぼれる、安聖民さん(日本の大阪府東大阪市での「水宮歌)完唱公演)
済州だけに済州人が暮らしているわけではない。とりわけ、日本の大阪には数多くの済州人が暮らしている。そこで、そんな彼ら彼女らにインタビューして、その人生の断片を紹介する。今回は、済州島から日本に渡った祖母を持ち、大阪で生まれ育った在日済州人3世の女性である。青春期に「パンソリ」に出会って魅了され、あげくはそれを体得するために裸一貫で本場韓国に飛び込み、その後「パンソリ」一筋の人生を歩んでいる。

 ところで、パンソリとは、場を意味するパンと音・声・唱を総称するソリとが複合された固有な朝鮮語で、唱手の歌、語りと、伴奏者である鼓手(コス)の二人とで一つの物語を謳いあげるのだが、完唱するには2時間以上かかる伝統芸能である。主に半島南部地方で伝承されてきたもので、ソリの節回しの特殊さなどもあって、本場で生まれ育ったからといっても誰もが手掛けられる代物ではない。

“私しか歌えない、わたしだけのパンソリ”

 そのうえ、在日にとって母語とは言えない韓国語の発音やイントネーションの習得が至難である。そのせいで、舞や民俗楽器とは違って在日でこれまでアプローチする人などいなかった。そんなパンソリに、在日コリアン三世の彼女が果敢に挑戦している。したがってそれは、在外朝鮮人が民族文化伝承の領域を広げるばかりか、言葉の壁を乗り越えようとする二重の挑戦である。

 私は旧知の彼女がパンソリを学ぶために光州にいた時、その住居に彼女を訪ねたことがある。そこは4階建てビルの屋上に建てられたプレハブで、トイレもなく、端から見ている私でも心が痛くなるほどだった。ところが彼女は、先生がレッスン時に歌ってくれたパンソリの録音を一日聞きながら、毎日朝・晩大きな声を出して歌うことができる住処と、まるで屈託がなく、とても楽しそうだった。その後彼女は一年半の光州の生活を終え、ソウルの漢陽大学の国楽科の修士に入学して民族音楽を学ぶ傍ら、重要無形文化財準技能保有者である南海星先生に師事し、パンソリの5大歌の一つ「水宮歌」を口伝された後、日本と韓国とをまたにかけて、精力的に公演活動を展開している。

「あなたにとってパンソリとは」という問いに彼女は次のように答える。「私は芸術を行っているという意識はないの。表現活動をしていると思っているもん。パンソリのチャンダン(リズム)、旋律、呼吸のすべてに朝鮮の情緒がしみこんでいるので、それをもちろん大事にしながらも、日本人が観てわかる“私しか歌えないわたしのパンソリ”を歌いたいの。日本で生まれた朝鮮民族の生きざまを表現する手段なの」。

   
▲ 鼓手と息を合わせて、(日本の大阪府東大阪市での「水宮歌)完唱公演)。写真提供 : 高正子
“まんまるこい語尾양(ヤーン)”

彼女の韓国語との最初の出会いは、幼稚園に通い始めたころだった。オモニ(母)が「あんたの本当の名前はアンソンミン(安聖民)」、「あんたは長女だからハングルを覚えなさい。これは朝鮮語のあいうえおだよと“아야어여오요우유으이(アヤオヨオヨウユウイ)”」を、さらには「本籍地は제주도조천면조천리(済州島朝天面朝天里)」と覚えさせたのである。

 幼い頃、オモニの実家にはハルモニ(祖母)と曾祖母が一緒に暮らしており、親族たちが話題とするのはいつも故郷の済州島の話であった。済州島は「見たことも、行ったこともないところ」なのに「変な親近感」があった。また、オモニの実家で話される済州語を聞いて育った彼女には、その「まんまるこい語尾“양(ヤーン)”」がすこぶる印象的で、大学生になって標準韓国語を学ぶようになったときには、違和感があったほどだという。

“ちがう世界で、ちがう体験をしたい”

彼女は大阪の「在日」集住地域で育った。学校では「日本人チーム」と「朝鮮人チーム」に分かれてドッチボールの試合を行っていたほどに民族雑居の地域で小・中・高校を送った。しかし、特別に民族に関心を抱くことはなかった。陸上競技に懸命な、普通の女子高生だった。そんな彼女に転機が訪れる。大学へ入学し、同胞学生たちのサークルと出会って以来、彼女は民族の言葉、歴史を真剣に習い始める。その頃に、私はたまたま彼女に韓国語を教えることになったのだが、当時の彼女はロングヘアーに、ひらひらのかわいいスカートといった身なりで、まさに日本の女学生といった様子だった。

ところが、彼女はその後、次々に脱皮を繰り返す。民族舞踊やチャンゴ(長鼓)などの民族楽器、さらには民謡を学び、その魅力に取り付かれてしまった。でもそれでも、それはあくまで学生時代だけのつもりだったのに・・・

日本政府は在日の民族教育を一貫して弾圧してきた。それに抗して在日は長い戦いを継続して、民族教育の火を絶やさなかった。その結果、今でも各種の民族学校があり、日本の公教育の中でも、民族学級という課外授業が、関係者のほとんど無償の努力で継続されてきた。彼女は大学を卒業すると、その講師として働くことになったのである。

生計を立てることが可能な給与が支給されるはずもない職なのに、持ち前の明るさと指導力で子どもたちを魅了するばかりか、日本人教師からも深い信頼を得て、欠くことのできない存在として10年後には常勤講師の地位を得るまでになった。またその間、ますます民族文化にのめりこみ、ついにはパンソリを本格的に学びたいという思いが抑えがたくなり、苦労の果てに獲得した安定した地位を投げ打って、韓国への留学に旅立ったのだった。「違う世界で、ちがう体験をしたい」と彼女はとどまることを知らない。そして今や日本におけるパンソリの歌い手の先頭を走っている。

彼女は伝統芸能を継承しながらも、その一方で、今のこの時代を表現する者として、創作パンソリも試みている。海外に生まれたコリアンとしての自らの存在意義を問う「アンソンミン(安聖民)版水宮歌」を創作するのが目標だという。彼女がどのような「水宮歌」を紡ぎだしてゆくのか、大きな期待を持って見守っていきたい。

 

取材・文 高正子

1953年生。国立総合研究大学院大学文化科学研究科博士(文学博士)修了。大阪経済法科大学客員研究員。神戸大学非常勤講師。

 

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