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1万8千の神々と共存する島
2011.11.06 (日) 朱剛玄 contributor@jejujapan.com

 済州島再発見 

 

   
▲ チョチョンビ(済州の代表的な伝説)、女神たち   撮影:朱剛玄

非僧非俗の島

済州の信仰は非僧非俗である。済州には格別に巨大な名刹がなく、その規模はすべて似たりよったりである。済州人の宗教的心性の地図が複雑だからなのか、李元鎮は『耽羅志』において、「風俗は淫らなることを尊尚し、山と森、川と池、高い丘や低い丘、水辺と平地、木と岩などをすべて神とみなし、祭祀を執り行う」と記している。

時代は変わっても、今でも事情はそれほど変わっていない。カトリックやプロテスタントのように流入してきた宗教が広まってはいるが、その教勢は陸地に比べると、取るに足りない。神房(シムバン:巫俗祭儀の祭司である巫堂(ムーダン)にあたる済州語)によって、巫俗や非僧非俗の仏教が済州人の宗教的心性の奥底にしっかりと根を下ろしている。

宗教博覧会を髣髴させるそうした信仰風土を初めて目撃した儒教知識人たちは、そのたいていが済州の土着信仰に対して反感を抱き、無視・非難・攻撃を自らの使命と考え、それを実践した。千年宗教として受け継がれてきた仏教さえも冷たく撥ね付けた朱子学的立場なのだから、ましてや非僧非俗などといった代物を受け入れることができるわけがない、儒教と巫俗の本格的な戦いは朝鮮時代に繰り広げられた。西欧ほどに大々的で殺し合うような宗教戦争が起こりはしなかったが、それでも宗教戦争というべきものが絶えず続いたのである。

粛宗28年(1702)、中央政府による済州統治の歴史を画することになる李衡祥牧司が登場する。野心満々で儒教的原則主義を済州で根付かせようとした彼は、堂と寺130余か所を破壊し、巫覡400余名を帰農させた。「堂500、寺500」をすべて潰してしまったという。500は誇張かもしれないが、それほどに寺と神堂の被害が多かったものと解釈される。儒家の立場からすれば廃仏と淫祠を処断することがなんとしても必要だったのである。

 

村ごとにある本郷堂と「ポンプリ(本解)・神話」

済州ではどの村にも本郷堂があり、それをギリシャに例えると、村ごとに神殿が一つずつ立っていることになる。本郷とは村の守護神のことであり、ポン(本)は根本・本源・来歴、プリはそれを解いて、説明するという意味である。要するに、ポンプリとは堂神の根本を解いて説明するということであり、生きている神話なのである。古代ギリシャではヘラとアフロディーテの神殿に赴いて信託を受けたが、済州の人々は本郷堂に赴いて神房のポンプリを通して信託を授かるのである。

   

▲ キメ(祭場に用いる紙細工)

    撮影:朱剛玄

神々もそれぞれである。根源神(先祖神)もあれば、その派生神(後裔神)もある。ハルマン神(女神)がいるかと思うと、その孫や曾孫にあたる神もいる。そのうちでも松堂の神が重要である。エーゲ海にはオリンポス山があって万の神の系譜が創造されたが、済州では松堂が根源にあって、それが派生して各村の本郷堂となった。神の系譜は、大木の幹から枝分かれした小枝が鬱蒼と茂るように、島全体に根を下ろしている。

ポンプリ(本解)は一般ポンプリと各堂のポンプリ、祖先ポンプリの3種類があり、一般ポンプリは自然といった一般的な観念で奉るようになった神の物語、堂のそれは、村の守護神の来歴談、祖先のそれは家庭や氏族の守護神の物語である。ポンプリは祖先たちが暮らしてきた来歴であり、共同体のメンバーの生の来歴を神話に創り上げた民衆の歴史である。

神堂のファミリーがあるように、堂神話にも各ファミリーの系譜がある。そうした神堂を探し求めることは済州精神の本郷を探し求めることに他ならない。神堂を欠いた村などありえないほどに、神堂は済州精神の巨大な貯水池なので、農村は言うまでのこともなく、都市化した済州市内でも随所に堂があって、人眼を惹く。

神堂は最高の聖所に最大限の礼儀を込めて祀られている。神堂は大体が森や海や渓谷など、美しいところに位置した。神たちは住むところも美しいものだと思わないわけにはいかない。素朴美の域を超えて、華麗荘厳な装飾をこらしている神堂の名品もある。国家指定重要民俗資料(2001年)に指定された「ネワッダン(川内堂)巫神図(龍譚洞漢川辺にあった堂)」10幅もそれにあたる。

済州クッの芸術的卓越性は「キメ」にも見いだされる。クッをする祭場に、障子紙、白紙、色紙を切り抜いたものを掛けたり、竹の青葉に結んで垂らす。そうした装飾の紙細工を総称して、神房たちは「キメ銭紙、キメ紙銭(紙で人間やお金などの形につくったもの)」と呼んでいる。

 

口碑文学が秀でた神話の宝庫

済州は記録文学が貧弱な代わりに、口碑文学が豊富な地である。民謡、説話、巫歌は韓国の中心部と呼べるほどである。産業化・都市化などで伝統的な口伝による伝承力が衰退しつつある世界的な趨勢に照らせば、済州の口碑文学は世界的水準を誇る神話の宝庫と言ってもよさそうなほどである。

神房によって伝承される叙事巫歌の中には天地創造、日月創造、人類創造の神話素が多様に発見される。済州クッはスケールが大きく深い。旧約聖書の創世記とでも言おうか。人間が暮らすこの世が創造された天地開闢の状況がクッの場で演じられる。それはひとえに口碑伝承の力があってこそ可能なことなのである。

クッを誰もが取り仕切ることができるわけではない。大きなクッをまともにできるのはクッの法を心得ている神房だけである。人の暮らしに生きていく法があるように、クッにはクッの法があるがためである。法にまともに記されていてこそ、クッもまともに行われ、神も興味を抱いてこの世を訪れ、人間と楽しいひと時を過ごして、あの世に戻っていくことができる。

人々は済州を「神の故郷」と言う。済州は1万8千の神と共に生きている島だからである。今でも、ですって?もちろん、神々は今でも私たちを見守ってくれている。済州を訪れる観光客をも見守ってくれるだろう。

 
朱剛玄
慶熙大学にて文学博士(民俗学)学位取得、高麗大学にて文学博士(文化財学)修了
済州大学碩座敎授(韓国学)、海洋文化研究院長、2012麗水国際博覧会海洋水産諮問委員
イオド島研究会海洋アカデミー院長、季刊『海洋と文化」編集主幹など。
 著書としては『済州紀行』『韓国文化の謎』『赤道の沈黙』『觀海記』など多数。
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