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「在日済州人、彼らのお蔭で今日の済州があるんですよ」
忘れ去られる献身と配慮を呼び戻す空間、在日済州人センターを行く
2012.09.26 (水) ムン・ジュンヨン contributor@jejujapan.com

   
▲ 今度は私たちが報いる番。60~70年代以降済州の発展のため献身した彼らを記念するための空間、在日済州人センターがオープンした。 ⓒ済州の声

常に痩せこけた土地として見放されてきた済州、内陸地方と遠く離れた地理的与件のため又少ない人口のため、60~70年代までも不毛の地のように認識されてきたことも事実である。しかし現在の済州は名品観光地であり国際自由都市として浮上しており、ここには助力者たちの隠れた努力が隠されている。

1960年代、済州には水道や電気施設が充分行き届いてなく生活に不便が多かった。この時期済州に水道、電気、教育施設の建設は勿論みかんの苗木を提供するなど、済州の発展のため尽力をつくした人々がいた。まさに在日済州人たちである。

日本の統治時代あるいは韓国戦争以降生きるため「渡日」を選択せざるを得なかった彼らは、異国で差別と蔑視、数多くの困難に耐え抜きながら彼らなりの生を築いてきた。この頃、自分たちの暮らしも充分では無かったにも係わらず、故郷である済州のため真心を注いだのである。

1961年在日済州人たちが設立した済州開発協会は、故郷の水道と電気施設を設置し、学校を支援、総350万余本のみかんの苗木を済州に送った。また済州の人々を招請し水産、園芸などの高等技術を伝授したりもした。

こんにちの済州をつくったのは彼らの献身があったからこそ可能であったと言っても過分ではない。

5月24日オープンし、去る14日に拡張した済州大学校在日済州人センターは、このような在日済州人の生を再照明し、彼らの献身に感謝する気持ちで設立された空間である。センターでは在日済州人の生と足跡を、残っている当時の文献や映像資料、日常をそのまま再現した形象物から発見することが出来る。言葉通り生活史博物館である。
  
   
▲ 在日済州人センターでは当時、日本での済州島民の暮らしを詳しく見ることが出来る。 ⓒ済州の声

当館の専任研究員であるキム・ポヒャン(38)氏は、「在日済州人」と聞くと幼い頃の記憶がうっすら浮かび上がってくるという。小学校の頃学校でオルガンを習ったとき楽器に書かれていた「在日済州人寄贈」との文句が思い出されるという。キム氏は『事実自分たちの世代も多くの助けを受けた』、『しかしその当時誰が支援してくれたのかは具体的には知らなかった』と当時を回想した。

在日済州人センターが設立された理由はこのような支援を具体的に顧みる為である。キム氏はこの空間が『忘れ去られようとしている在日済州人を思い起こそうとの意味がこもっており』、『遠ざかる関係をつないでいく努力』だと語った。

『事実済州島には60年代まで水道も電気もろくになかったじゃないですか。又済州島にお金がなかったため「助けを要請してみよう」ということで在日僑胞に助けを求めたんですよ。そうして在日済州人が直接済州を支援し、道路もつくり水道、電気施設も架設するに至ったんですよ。』

キム氏は我々がとかく自然に暮らしが良くなったと考えがちだが、彼らの助けがなかったら今日の済州はなかったということを分かってほしいと語った。忘れ去られる在日済州人の貴重な痕跡を繋いでいこうとする、このセンターの意味が格別である所以である

在日済州人の方たちはこのような空間が出来たことに深い感謝の意を表するとも語った。

『自分たちを忘れずにいてくれて有難いと言われます。』

在日済州人の生を再び世に知らせる努力は展示場の運営ばかりではない。現在済州大学校では「在日済州人の生と理解」との教養授業が運営されているのだが、申し込みを急がなければ受講できないほどの人気科目である。そのため学生に無理して知らせなくても自然に集まってくる雰囲気だという。

   
▲ 在日済州人センターでは当時、日本での済州島民の暮らしを文献、生活用品、映像を通し詳しく見ることが出来る。 ⓒ済州の声

しかしいくつかもどかしい点もあるという。「もう少し早く始めていたら」との心残りがそれ。

『あの方たちがどのように生きてこられたのか、写真や会議の資料、匙、箸にいたる生活用品まで集めているんですが容易くないんですよ。一世の方が大部分亡くなられたために彼らの品物や痕跡もだんだん無くなっているんですよ。故に今後センターがしなければならない事は、残ったものが皆無くなる前に記録を残すことと共に、一世の方たちに会っていかに生きてこられたのか、お話を聞いて生活史を調査することなんですよ。』

心配事はまだある。在日済州人3,4世代の場合、時間と文化の差でお互いの交流が断絶することもありえるということ。そのため在日済州人センターが世代をつなぐ架け橋になればというのが願いだとも言った。

このため今後とも独特なプロジェクトを繰り広げていく計画である。28日まで開催される「在日済州人の生と歴史」特別展がそのスタート。センター内で行われるこの特別展では、在日済州人の生と文化の照明を通し、彼らがいかなる困難の中で生きてきたのか、いかにして差別と文化的異質感を耐え抜いたのか、又最近まで在日済州人団体がどのような仕事をして来たのかを見て感じることができる。

来年には盛大にフェスティバルが開催される。2月に予定された在日済州人アカデミーがそれ。済州出身の在日韓国人を対象に韓国と済州の言語、文化、歴史 教育が行われる。現地の済州の歴史、文化の専門化が直接東京と大阪に行き、在日済州人3,4世代を対象に済州島を知らせることになる。

単に講演をするだけではなく話し合い、お互いの文化を紹介し交流する文化フェスティバル形態で行われる計画という。研究員キム氏は、このような活動が済州と在日済州人3,4世代の距離感を狭める交流の場になると語った。
  
   
▲ 学生たちはここでこれまでに知ることが出来なかった済州の現代史を再発見して行く。訪問客の一人が芳名録に残したコメント  ⓒ済州の声

現在の済州をつくるのに多くの助けを惜しまなかった在日済州人たち。歳月の流れに彼らの献身はだんだん忘れ去られようとしているが、このような努力がある限りこの努力がどんなにか大きな意味があるのかを人々は段々と知っていくことだろう。

私たちは彼らに一種の借りを負っていることは明らかだ。だとすればその借りを少しでも返す気持ちで、又「意味ある外出」として在日済州人センターを一度訪れてみるのはどうだろう。彼らがどのように生きてきたのか、何故自分たちの生活が困難な中でも故郷の済州のため「分かち合い」を惜しまなかったのかを知ることで、自分の周辺にいかに貴重で価値があることが多いかを心の奥深く感じ取ることが出来るだろう。


ムン・ジュンヨン 済州の声 インターン記者

記事:《済州の声》 (http://www.jejusori.net) 2012.9.21より転載 

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