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済州島の雑穀文化
かつての済州島は雑穀の島であり、今でも様々な雑穀文化の伝統が見られる。
2012.06.13 (水) 古谷野洋子 contributor@jejujapan.com

現在、済州島ではミカンをはじめ、ブロッコリー・キャベツ・タマネギ・ニンニク・ツルニンジンなどの換金作物栽培が主であるが、かつての済州島は雑穀の島であった。そして、島の人々は豊かな雑穀文化を育んできた。

火山灰土壌である済州島は水の確保に苦労した島である。そのため水稲の栽培はごくわずかしかなされなかったが、「米以外はなんでも作れる」と人々は自慢げに語る。中でも主要な作物は麦と粟だった。土の疲れを防ぐため、夏作として粟を作り冬は畑を休ませ、翌年の夏作に豆やサツマイモを作り、冬作に麦を作るなどの工夫がなされた。


多様な雑穀

現在、最も簡単に島の雑穀文化を見ることができるのは市場だ。済州市にある民俗市場(五日市場)をのぞいてみると、容器に盛られて様々な雑穀が売られている。それぞれの容器には穀物名と産地名が書かれた札がついている。札を見てみると、粟(チョプサル)・粟(チャジョンサル)・黄色いモチ粟(ノランチャジュ)・黒豆・大豆・白米・黒米・もち米・麦(チャンポリ)・ビール麦(メクチュポリ)・トウキビ・モロコシ・ハトムギ・ソバ・キビ・ゴマなどであり、その多くが済州島産である。

   
▲ 民俗市場で売られている雑穀(2012.2.7)   撮影:古谷野洋子

昔から済州島では 多種多様な穀物が栽培されてきた。その理由としてまず考えられるのは、同じ種類のものだけを作るより危険が分散されるからだ。その年の気候によってある種類の穀物が不作でも、その他の種類の穀物は収穫できる。それは飢饉を避けるために重要なことだった。


麦の栽培

   
▲ 加波島の麦(2010.3.23)    撮影:古谷野洋子
翰林邑造水里は海抜75m、水のない村だが、ここでも人々は「米以外なら、麦、粟、豆、サツマイモ、陸稲、ソバ、なんでもできた」という。かつて里長を務めた金氏(1939生まれ)によると、特に70年代は麦と豆の栽培が盛んだったという。10月に麦の種を蒔き、1~2月に麦踏みをして、5月に刈り取り、そのあとにサツマイモを作った。その収益を子供の教育費にかけたので、造水里には大学生が多かったという。

海村では海草を採ってきて肥料としたため、粟や豆の収穫後に続けて麦を作れた。板浦里は前述の造水里の下の海村である。老人会長の高氏(1937生まれ)によると、昔は海草を肥料にして、粟・麦・豆・陸稲・サツマイモなどを作っていたという。また、ここでは土質に粘性があって風に飛ばされにくいので麦踏みの必要がなかった。ビール麦はビール工場へ売り、サルポリ(麦の一種)は麦飯にして食べた。

於音里出身の安氏によると、2月頃に麦畑の草取りをするが、そのときハルモニたちは麦のヒゲ根の数でその年の麦のできを占ったという。麦のヒゲ根が3本出ていると豊作になるといわれた。

現在でも麦が主要な産物という島がある。加波島である。そこでは昔から麦がよくできた。年寄りによると、麦はそのまま炊いて食べたり、粉にして練って食べたという。現在はビールの原料となる良質の麦が栽培されている。丈が1メートル以上もあり(普通の麦の2倍である)、病気にも強い麦だという。この麦は小さな島の人々の生活に大きな潤いを与えている。


粟の栽培

済州島の農神神話劇であるセギョンノリでは生まれてきた子供は粟作りの名人となったように、粟は済州島の主要作物であった。前述の板浦里でも粟が主要な作物だったという。板浦里では5~6月頃に粟の種を播き、その上を馬に踏ませた。粟の種が細かくて風に飛ばされやすいのでそれを防ぐためだと人々はいう。だが一説によると、この頃になると暑くなり地表が乾燥するので、発芽に必要な水分のある地中に種子を沈めたのだともいわれる。また別の説によると、水分が蒸発しないように牛馬に踏ませて土を固めたのだともいわれる。いづれにせよ、農民の知恵であることに変わりはない。

民俗市場では粟の種類は3種類だったが、安氏によると於音里では9種類の粟があったという。高光敏氏によれば、かつては粟の種類は14種類もあり、各農家で栽培している粟の種類が1軒1軒それぞれ違ったという。その土地の気候や土壌、畑の地力によって栽培される粟が異なったからである。カンドルマリという粟は一番地力が必要で、この粟を植える畑は高価だった。安い畑にはマッシリという種類を植えた。マッシリを高級な畑に作るのはバカだといわれたという。

粟はお粥にして食べたり、粟から飴や餅やマッコリも作ったという。城山里では粟から作ったオメギスルというドブロクのような酒を味わうことができる。

今でも中山間部の善屹里では自家用として麦・粟・陸稲などを栽培している。9月上旬、村の方に粟畑を案内していただいたが、1mをはるかに超える丈の長い粟で、大きな穂が垂れていた。

   
▲ 人の首まである丈の高い粟(善屹里の粟畑で筆者と友人と村の人々・2009.9.6)  写真提供:古谷野洋子

目前に広がる島の雑穀文化

夏に済州島をドライブするとゴマの収穫風景があちこちに見られる。ゴマは刈取った後、畑の石垣に立てかけて陽に干してから、叩いて種をシートに落とす。秋には完熟して葉の黒くなった大豆を棒で叩いて種をシートに落としている光景が見られる。

夏から秋にかけてはソバの真っ白い花が満開になる。ソバは祭りの供物としても重宝される。ソバで作った餅は村の堂クッの祭壇に供えられる。松堂里の立春クッでは温かい蕎麦が食事時間に人々に振舞われている。

注意してみわたすと、なるほど今でも済州島では様々な雑穀文化が眼前に広がっているのに気がつく。

*高光敏氏(東北芸術工科大学『季刊 東北学』に「済州島の民俗」を連載中)には済州島の雑穀文化について様々なご教示をいただいた。記して感謝の意を表したい。


古谷野洋子
神奈川大学大学院日本常民文化研究所特別研究員。神奈川大学「済州島研究会」会員。沖縄の最南端八重山の民俗を研究しているが、済州島の民俗にも興味を持ちしばしば訪れる。

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