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三多どころか五多の済州
[ Book Review ]
2012.03.29 (木) 高恩英 ey7023@jejujapan.com

   
▲ 新刊『済州の風土と墓』   撮影 : 金南姬
暮らしの基礎になる風土。だからある地域の文化や生活を理解しようとすれば、先ずはその地域の「風土」を知らねばならない。何ものかの背景になっている環境や傾向、様相、風習、制度などを比喩的に表す言葉「風土」の語源は、その地方の「気候」と「土質」に由来する。

済州島の「風土」に照明をあてた本が刊行された。済州文化研究所所長の傍ら美術評論家として活動する金唯正所長が著した『済州の風土と墓』である。

金唯正所長はその書で、「三多」とされている済州風土をむしろ「五多」の済州として新たな照明を当てることを提案している。これまでのように、石、風、女が多いから三多の済州と呼ぶだけでは済州の文化をあますことなく説明するには足りないというのである。
 

 それでは「五多」とは何であろうか。

「石」、「風」、「女」に「旱魃」と「馬」を加えてこそ済州の風土をありのままに理解することができるというのである。「旱魃が済州の女性を海仕事と畑仕事を並行する「海女」として育て上げ、海岸村を形成させた。農業文化においても水がなくても育つ麦、粟、稗、大豆、ツルマメ、蕎麦が主になったのも、旱魃に関連している」と説明する。また「馬は牆垣、畑垣、山垣など済州の石文化に影響を及ぼした」と言う。

   
▲ 著者:金唯正所長   撮影 : 金南姬
彼は「風土に生産力(労働力、社会的活動など)を結合させてこそ済州の文化をありのままに見ることができる」というのだが、「それは死にまで関連している」と言う。墓を死者ではなく生きている者の文化というのも、そうした脈絡においてなのである。

そればかりか、「五多」の文化は済州神話に影響を及ぼした。神話は元来、済州の人々の歴史と暮らしの中で作られるようになった物語であり、「五多」の風土が翻って済州神話と民間信仰に接ぎ木されて、再生され、創造されたというのが、彼の説明である。

彼は五多を土台にした済州のソンビ(民間の儒学者)たちの生涯と墓を探り、済州の石像文化の起源を解き明かす文章も載せている。

西帰浦文化院からの刊行で、非売品である。


記者 : 高恩英   ey7023@jejujapan.com
 

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著者:金唯正所長 撮影 : 金南姬
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