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済州島の風になった写真家
2011.12.12 (月) 金蒼生 contributor@jejujapan.com

  「済州島」を生きる  

 

   
 
父祖の地である済州島で暮らすためにあらゆるものを処分した。いつか何かに使えるだろうといろんなものを貯めこむ癖のある私は、生活の垢とでもいうべき不用品の山に自分を恥じた。必要最低限のものを厳選して船便の荷づくりをして済州島に移住してから、早や一年が経った。無ければ無いで生活が成り立つことを実感した。その反面、蔵書のほとんどを処分したことを深く悔いた。本は一度、手放すと手に入れ難いものであることを承知している筈なのに、送料がかさむという理由で処分した自分を恥じた。波に揺られて済州島に届いた数少ない本の一冊が写真家である金永甲(キムヨンガプ)の『その島に私がいた』(以後の訳は筆者)である。

ソウルで彼の写真展を見た友人が感動し、日本で暮らす私のためにこの本を買い求め航空便で送ってくれたのだった。私がまず読み、次いで夫が読み、娘にも読ませた。2005年のことだ。

頁を繰る。と、風が立つ。

すすきの原。しなる梢。そよぐ草。泡立つ海。

このエッセイ写真集は凄絶な生の記録でもある。

扶余出身のソウルに住所を置く写真家が済州島に深く魅せられ、28歳からの20年を済州島で暮らした。海辺に中山間地帯、漢拏山は言うに及ばず韓国最南端の馬羅島に至るまで、彼の足跡が及ばないところはなかった。村人が呆れ顔に言う。「まだ撮るところがあるんかね?」と。

   彼の写真は禁欲的だ。正確に言えば、この本に収められている写真は禁欲的だ。20万枚のなかから選びぬかれた写真は、済州島随一といわれる日の出の名所である城山日出峰の写真も無ければ、波打ちつける龍頭岩の写真も無い。済州島の片田舎に行けば拡がる変哲もない風景を撮ったものばかりだ。ほとんどがパノラマ写真だ。春の草原、秋の草原、朝日を浴びる梢、夕日に染まる梢、暮色に溶けゆく梢、見開き頁いっぱいに広がる草花の群生。しかし、美しい。心奪われる。そして、そこには風が立っている。

済州島の写真集でありながら、済州島の名所を撮った写真集では無い。ただ一枚、奇跡のような写真があるにはある。漢拏山の頂上に虹が立った瞬間をとらえた写真だ。

彼はこう記している。「….昼はとり憑かれたように草原にオルム(寄生火山)にと駆けまわってシャッターを押し、夜はフィルムを点検する。寂しさを感じる暇も無く、忙しく写真を撮っていると雑念が消え、心穏やかだった」と。

小さな部屋を借りるにも、ソウル出身の独身男には容易でなかった。「故郷(くに)はどちらですかね?お子さんは?こんな田舎で何をなさるんで?」矢継ぎ早の質問のあとには決まってこう言い渡された。「空いてる部屋はありません」やっと漁村に部屋を借りることができたが、村人のあいだに正体不明の男が住み着いているとの噂がたち、兵を連れた刑事の捜査を受けることとなる。家主の婆さんは4・3事件の遺族であり、ひとつ屋根の下にアカの嫌疑のある男と一緒には住めないと追い出しにかかる。

済州島に魅せられ、ただ済州島の美しさを写真に撮りたいだけの彼だったが、住むに苦労、食べるに苦労の連続だった。生活費のほとんどがフィルムと印画紙に消え、インスタントラーメンにさえ事欠く暮らしだったが、彼は済州島に住み続け、写真を撮り続けた。「….写真に没入し、一人で過ごしている間に、懐かしい人々の記憶から私の存在が消え去っていこうと私はこの仕事を続けていくだろう」と彼はエッセイに記すが、同時に「….横になっていても心がざわざわして眠れないときは、起きて針仕事をする。…端切れを丹念に縫い合わせ、全体の調和に気を配りながらチョガッポ(パッチワーク)をつくる。そうすればあらゆる憂いが消える。窓のカーテンもそうして縫いあげたものだ」と記す。『もの悲しい日には針仕事を』いつまでも心に残る一文だ。

   
▲ 写真提供:金永甲ギャラリー

 『漢拏山、我が魂の故郷』のなかで彼はこう綴る。「….私にとって漢拏山は至るところが瞑想の場所です。….修行僧のように厳粛に自然の消息をただ待ちます。深い考えに浸り、内面の声に耳を傾けます。私の心は絶えず変化し、その変化をフィルムに写し撮ります。…私の写真のなかには世を拗ねていた若き日の痕跡が針のように突き刺さっています。喜びと哀しみ、挫折、彷徨、憤怒…。私の写真は私の生と魂の記録です」

ただ済州島の写真を撮ることだけに、20余年を捧げた彼を病魔筋萎縮性側索硬化症が襲う。シャッターを押す力さえ失われ、重湯で命をつなぎながら、南済州郡城山邑の廃校を改造して金永甲写真ギャラリーを2002年夏に完成させる。著者紹介欄には、闘病生活五年余、昨年からはあらゆる治療を拒んで生命の自然治癒に望みを託している、とあった。読後、ソウルの友人に「彼のその後が気にかかります」とメールを送った。「彼は2005年5月に亡くなられました」と返信がきた。

ああ、風になったのだなあと思った。彼の文章と写真には人間として産まれたことの寂寞が強く滲んでいる。人間であることから解放されたのだなあ。重い鎧のような肉体を脱ぎ捨て、今は自在に自然と交歓しているのだろう。彼の死の報に接して、空を見上げたことを思い出す。いつか済州島で暮らすのだと心に決めていた私にとって、済州島に深く魅せられ、世捨て人のような暮らしをしながらも済州島を撮り続けた彼の存在がいつも心にあった。『その島に私がいた』その島―済州島に今、私がいる。

彼が遺した写真ギャラリーは有志たちの手によって守られ、運営されている。

 

金蒼生

1951年生。日本の大阪で生まれ育った在日二世。作家。著書に「わたしの猪飼野」「赤い実―金蒼生作品集」「イカイノ発コリアン歌留多」「在日文学全集10巻」所収。訳書「済州島四・三事件   第六巻」など。2010年10月、済州島に移住。

 

金永甲ギャラリー ドゥモアク

西帰浦市城山邑三達里

入館時間9:30~4:30   入館料大人 3000ウォン

休館日毎水曜日

電話:+82-6-784-9907

http://www.dumoak.co.kr/ 

 

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登録番号 : Jeju Da 01093   登録時間 : 2008年 11月20日   発行人 : 宋姃姬
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